富山水辺の映像祭
富山水辺の映像際スフィア

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2017グランプリ

Baby Sitter

氏名:城井 文 、居住地:東京都、作品時間:4分45秒

生の頃、ダイビングで海の中のうつくしさ、生命の豊かさに魅せられ、その思いが、母なる地球のメッセージのように届いたらうれしいなと思って作りました。

2017ネクストスフィア賞

やまびこ山

氏名:永松 亮 、居住地:滋賀県 、作品時間:5分00秒

色々な物事の説明がつく時代ですが、そんな中起こる「嘘みたいな奇跡」がシンクロニシティだったら素敵だなと思い制作しました。「やまびこ」は音であるためこのシンクロニシティをムービーとして説明するにそれ以外の要素をより素直に、ストレートに伝えるべく記号化できるものは記号化し、序盤終盤の山シーン以外は静的で一見して説得力のある絵作りや構図を心掛けました。音に関しても音楽の機能性での分散にこだわり、テンポ感で物語の記号化、安心感を、和音の遷移で心理描写を、帯域で説明を(思い出シーン=低域、謎めいたシーン=高域等)行っています。

2017特別審査員賞

なつまつり

氏名:後藤由香里 、居住地:滋賀県 、作品時間:3分19秒

とある子狐が夏祭りのことを知り、人に化けて縁日に紛れ込もうとします。そこで、同じく祭りに来ていた少年と出会い、一緒に楽しんでいく話です。見かけると足を運びたくなったり、気持ちがさわさわする様な、夜店の独特な雰囲気を目指しました。月明かりや花火、屋台の照明など光の色を工夫しました。

2017審査員賞

四角い関係

氏名:加藤卓哉  、居住地:東京都  、作品時間:5分00秒

SNSやネットの力で広く浅くなっていく人間関係の反対側で、家族や恋人という最小の人間関係は、昔よりもより重要でより濃いものになっている気がします。決して明るいとは言い切れない現代において、私たちは身近な人とどう接していけばいいのか。時にアナログに、時にぶつかり合っていいんじゃないのか。現代にはびこる衝突を避け「イイネ」に終始するコミュニケーションに一石を投じるべく「偶然ではない偶然」が巻き起こるコメディです。

2017審査員賞

ボクのワンダー

氏名:渡邉高章  、居住地:神奈川県 、作品時間:5分00秒

ボクは夢を見た-小川のせせらぎ、葉っぱの舟、木漏れ日、渡り鳥、カプセルの中に赤ちゃんがいて、ボクはお母さんに抱っこされている。目を覚ますと、お母さんがあることを教えてくれた。これは三歳のボクが体験したワンダーなお話です。(三歳の主人公のナレーションを何度も何度も何日もかけて録りました。)

2017審査員賞

Synchronicity

氏名:鈴木 諒 、居住地:京都府 、作品時間:1分24秒

映像や音が人間にもたらす刺激は生理的快感を生み出す。このような生理的快感はプリミティブであるがゆえに普遍的なものであるが、このプリミティブな感覚の共有こそシンクロニシティの根源であると私は考える。本作品はハイスピードカメラを用いて撮影された独特の動きの映像を、音楽に合わせながら緩急をつけつつ切りかえることで、視覚的・聴覚的刺激をもたらし、生理的快感を生み出すことをつうじてシンクロニシティを表現している。

2017審査員賞

ドリーミング・ジュエルズ

氏名:山崎スヨ 、居住地:東京都 、作品時間:4分58秒

架空の生きた宝石を表現するために、主に実写映像のコラージュを用いて制作した作品です。宝石たちが生成されていく長い時間の中で、もし夢を見るとしたらどんな夢なのかと想像し、生きている「夢見る宝石たち」と、「その宝石たちの見る夢」の映像を作りました。宝石たちは、琥珀に憧れて自分自身の体を水晶とシンクロさせていく人間の夢を見ています。水晶の長い時間と女の血が合わさって時間を超えて存在する生きた宝石が誕生します。映像中のキラキラと光る「生きた宝石」は異なる素材(ガラス、水晶、ビーズなど)の反射部分をコラージュし、制作しました。光の動きをほとんど加工せず、動きのままに組み合わせたにも関わらず不思議な強度・一体感が生まれ、改めて見返すとそれも一つのシンクロニシティなのではないかと感じました。

2016グランプリ

バイバイ、いっさい

氏名:渡邉 高章(わたなべ たかあき)、居住地:神奈川県、作品時間:5分00秒

イッサイの少年が見つめるイッサイの世界を彼の言葉とともに描きました。イッサイの彼の言葉を録音するにあたって生活の中で四六時中マイクをセットしていました。その甲斐あって、作品の中で様々な言葉をのせることができました。この度の公募テーマである「生まれる」に基づいて、イッサイの少年の視点から生まれたばかりの人生を描きました。

2016ネクストスフィア賞

pa_cka_ge

氏名:斎藤 有里(さいとう ゆり)、居住地:山形県 、作品時間:3分29秒

現代、世界の人々の「悲しい」はパッケージ化され、お菓子箱のように陳列されている。「悲しい」は、ある種のステータスとなり、日常で消費されていく。自分の悲しいが相手の悲しいをわからなくさせるのだ。他人の心や命の価値がわからなくなった「多感な女の子」の精神世界を描く。私にとってCGシュミレーションは「無機物」そして「制御不能」なメディアだ。私は、CGシュミレーションを自身の手のようにコントロールできない。それは、自分の心の中に突如起こる「悲しい」という現象も一緒である。